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What a Wonderful World を、こんなに哀愁漂わせながら唄うことができる街はあるだろうか?(サラエボ)

Louis Armstrong の What a Wonderful World を、こんなに哀愁漂わせながら唄うことができる街はあるだろうか?(この曲を知らない方もいるかも知れないが、Youtubeで検索すればいっぱい出てくると思う。数年前にソニーのCMで使われていたと記憶している。)というのが、サラエボの一つの感想だ。Sarajevska Pivara (サラエボビール醸造所)のレストランで突然始まった、ジャズの演奏。店内のどこかけほんのりしたけだるさがある空気も手伝って、全体として哀愁のあるものだった。中でも、よく知られたこの What a Wonderful World を、こんなにも哀愁漂わせて唄えるとは思わなかった。

サラエボは、現在はボスニア・ヘルツェゴヴィナの首都であり、1984年には冬季オリンピックも開催された都市だ。1990年代の内戦の時代には、ほぼ3年にわたってセルビア系勢力に包囲された。当時発行された Sarajevo Survival Guide も有名だ。歴史をたどれば、オーストリア=ハンガリー帝国の皇太子夫妻が市内中心で暗殺され、それが第一次世界大戦を引き起こした。その前は、オスマントルコの北西の辺境に近い重要な都市であったところだ。

街も興味深い。16世紀頃の、オスマントルコの時代の地区。その後19世紀にかけての、オーストリア=ハンガリー帝国の時代の街並み、その外側には20世紀の共産主義時代の街並みが続いている。様々な文化が共存している。が、どれもが混淆せず、それぞれに分かれているところが、この町の特殊さを現しているだろう。

サラエボから鉄道やバスで3時間ほどのモスタルには、内戦で破壊された建物がまだ数多く残り、さらにスターリ・モスト(古い橋)の破壊と再建という「内戦の傷跡」が色濃く残っているところだ(参考)。だが、サラエボの街そのものには、そういった形での内戦の目立った傷跡や象徴的なものはあまりない。目抜き通りの地面の所々に「赤いバラ」と呼ばれるペンキを塗ったところがあり、これが内戦中に死者が出た爆発地を示しているくらいだ。

考えてみれば、常に辺境にあった、と言ってもいいような街だ。オスマントルコ時代も、オーストリア=ハンガリー帝国時代もそうだ。さらに、皇太子暗殺とや内戦という暗い歴史も背負っている。オリンピックすら、立ち上がる力にはなりきれなかった。そんな「やるせなさ」のようなものが、町中あちこちに染み出しているような気がする所だった。と同時に、その中でも明るさを持って多くの人が暮らしていることが、不思議でもあり、驚異的ですらある、とも思える街だった。

オスマントルコ時代からの地区。モスクが数多くある。(右にモスクの尖塔が見える)

手前の平屋がオスマントルコ時代からの地区。奥の石造りはオーストリア=ハンガリー帝国時代のもの。

JALの会社更生法、羽田空港と新幹線

JALが会社更生法の適用を申請したようだ。まあ、これは前にも書いたりしていた通りで、結構昔の段階から、破産法のどれか(会社更生法ないし民事再生法)を適用しないと国際的な競争力を再び持つことは不可能に思っていたので、特にコメントすることはない。

問題は、「羽田空港:新幹線乗り入れ 前原国交相がJR東海に打診」の方だ。リンクした毎日新聞の記事を要約すると、

前原国土交通大臣が、2009年12月27日に、フジテレビの報道番組で、浜松町付近から分岐して東京都品川区八潮にある大井車両基地に伸びる回送用の線路を羽田空港まで延伸する考えがあることを示した。 JR東海(筆者注:線路を保有している)にも打診したが、「断りの返事」があった。 今後も実現可能性の検討を続けていく。

ということだ。テレビ朝日のYoutube版なども参考になるだろう。

アイディアとしては、別に目新しいものではない。私も同じことを昨年10月13日付けで書いている。

東京と各都市間の移動や、羽田発着の国際線から国内線への接続は、短中距離区間は新幹線、長距離区間は飛行機と、距離に応じて役割分担をするように政策的に調整するべきである。 羽田空港に新幹線を接続するべし。大井車両基地への回送線を活用できる。横浜側も新線を建設する。 本州内のフライトなどは、その役割を新幹線に譲り、羽田のスロットをあける。 新幹線列車には、飛行機のフライト・ナンバー(便名)をつけられるようにする。さらに、新幹線の線路上に、航空会社が独自に列車を走らせることが可能になるようにする。 空いた羽田のスロットは、国際線向けに割り振る。ヨーロッパやオセアニア方面とも結ぶ。 上記のようなインフラ施策+制度的施策を組み合わせたら、羽田はもっと使い勝手のいい「ハブ空港」になるだろう。

だいたい、上記のようなものだ。別に目新しい話しではなくて、ドイツのフランクフルト空港では1980年代から実施されてきたことだし、パリのシャルル・ドゴール空港とアムステルダムのスキポール空港との間ではエールフランスKLMが既存の高速鉄道インフラを使った独自の列車の運行を計画している(つまり、ユーロスター、TGV、Thalysなど既存の列車が走る同じ線路の上を、エールフランスKLMブランドの高速鉄道を走らせる、という計画)。

ところが、これに対する日本国内の反応は、悲しいかな、「空港に新幹線を接続する」というアイディアの様々な可能性を全く考慮できていないようだ。

典型は、(どういうわけか)Yahoo!知恵袋にあった質問とそれへの回答である。(前原誠司国土交通相の羽田空港新幹線乗入れJR東海に打診発言、それと今迄の発言…)。「ベストアンサー」に選ばれているplanets8さんという人の回答。

東京ー羽田に新幹線を走らせたら、その分東京ー大阪の本数を減らさないといけませんので、JR東海に大打撃となります。JR東海が拒否するのは当然です。

現状羽田へのアクセスは京急とモノレールですが、現状でもそれほど混雑しているわけではありませんし、来年春には京急が大幅に羽田への輸送力を増強しますので(中略)こういった話はその効果を見てから検討した方が良い話だと思います。今検討しても、来年には状況が大幅に変わってしまうわけですので無駄になってしまいます。

というもの。要するに「羽田に新幹線を乗り入れると、JR東海側のキャパシティーが小さくなって本業で儲けられなくなるから、無理だろう。京急だってキャパが十分にあるし。」というものだ。似たような議論は、いくつかのブログや掲示板を見つけたが、いろいろなところで行われているだろう。(空港まで新幹線(笑々笑々笑々、http://yomi.mobi/read.cgi/hobby9/hobby9_rail_1179979118など)

しかし、こうした議論は視座が狭い。これらは、羽田への新幹線乗り入れは、あくまで首都圏の羽田空港利用者のためのもの、と考えているのであろう。羽田空港が開港して以来そうであったように、「羽田空港の集客域=首都圏」という考えを前提にしているのであろう。

だが、羽田に新幹線が乗り入れて本領を発揮するのは、首都圏の人たちが使う時ではない。重要なのは政策的に距離帯に応じて交通手段間の需給バランスを調整して、それぞれの交通手段が最も得意とする距離帯で「棲み分け」させる時だ。しかし距離に応じて棲み分けするだけなら、空港に乗り入れる必要はない。航空と鉄道が結節して交通ネットワークの得意分野を担って相互補完的になるようにするときに、羽田へ新幹線が乗り入れることが本領を発揮する。

想像してみて頂きたい。ANAのフライトナンバーがついた新幹線が新潟まで走るとか、アメリカン航空のフライトナンバーがついた新幹線が岡山まで走る、といった様子をだ。あるいは、長野駅で羽田空港発ロンドンヒースロー空港行きのヴァージン・アトランティック航空にチェックイン。荷物も預けて、あとはヴァージン・アトランティック航空がJR東日本とコードシェアをしている新幹線で羽田空港まで。そこから飛行機に乗り換えてヒースロー空港へひとっ飛び。長野駅で預けた荷物は、ヒースロー空港で無事受け取れて、めでたしめでたし、というものができる。あるいは、サンフランシスコの空港でANAの羽田行きフライトと、羽田から新大阪駅までのコードシェア・フライト(実体は新幹線)にチェックイン。新大阪駅の「空港コード」は「○○○」かあ、と航空券を眺めて知る。といった様子をだ。今挙げたのはほんの一例で、政策次第によっては無限の可能性があると言っても過言ではないだろう。「JRがANAと提携してスターアライアンス・リージョナル・パートナーに」などという姿だってあり得る。(スターアライアンスのロゴがついた新幹線が走る、なんてどうだろう?)

別に目新しい話しではない。すでに、ANAは、ドイツ鉄道と共同で、ドイツ鉄道が運行するICE(日本の新幹線相当)にANA便名をつけて、自社のフランクフルト便利用者と鉄道の接続をはかっているのだ(ドイチェバーン・コネクションサービスのご案内)。フランクフルトから、新幹線の所要時間にして1時間?1時間40分程度の、ケルンやデュッセルドルフ、シュトゥットガルトまでは、「ANA便名が着いた列車」で行けるのだ。さらに、ドイツ最大手の航空会社であるルフトハンザ・ドイツ航空とドイツ鉄道は、この手のサービスを1980年代から行っているのだ。今や「フランクフルト空港長距離列車駅」は、空港利用者だけではなく、ICE(日本の新幹線相当)相互の乗り換えにもしばしば使われている駅になっている。

このような施策を「モーダル・シフト」という。鉄道やバス、航空機や船、徒歩や自転車といったものを、専門的には、交通の「モード」という。ある地 点からある地点までの全移動(トリップ)が、それぞれの交通手段に何%ずつ割り振られているかを表すのを「モーダル・スプリット」という。「モードの分 配」という意味だ。つまり、各交通手段のシェアである。このシェアを、様々な面でロスが少ないように、最適なモードにシフト(移行)させるのが、「モーダル・シフト」だ。「羽田に新幹線乗り入れ」に代表されるモーダル・シフトは、長距離輸送における、航空から鉄道へのモーダル・シフトである。

このモーダル・シフトを推進する施策の可能性が日本国内でないわけがない。あまり航空機向きではない中途半端な近距離の路線を大幅に減らせて、羽田空港のスロットは空くので、国際線も含めた、飛行機向きの長距離フライトに割り当てられる。1人1kmを運ぶために必要なエネルギーは鉄道の方が圧倒的に少ないから、環境面でも大きなメリットがある。それに石油エネルギーを使わなくてもよくなる。航空会社にとってはメリットが多いだろう。

さらに、JRにとっても、乗客をさらに増やすチャンスになる。「東京?大阪に飛行機が飛んでいる必要なんかないんです。」と講演で言っていたのは、JR東海の葛西会長だ(東京大学工学部講義「産業総論 2005年冬学期」)。羽田に新幹線が乗り入れることを含めた、モーダル・シフトの施策を本格的に実施すれば、それこそ「東京?大阪に飛行機が飛んでいない状態」が実現することにもなり得る。

幸い、このような視座に立った議論も見かける(新幹線の羽田空港乗り入れは急ぐべき?前原大臣の提案は羽田ハブ化促進策になる)。だが、まだまだ少数派であるのが現実のようだ。日本での議論はどこか内向きなように思われる。「何も新幹線を運行するのがJRじゃなくっていいじゃない」くらいの柔軟な考え方からスタートして、もっといいアイディアを出し合えたら、上に書いた「ドイツの施策の二番煎じ」を超えた新しい長距離交通体系になっているかもしれないのに。この「内向きさ」は残念だ。そして、単に羽田空港に新幹線が乗り入れるかどうかの議論に終始するだけではなくて、より効率的かつスマートで使いやすく環境にフレンドリーな、長距離交通体系の構築をどうしていくか、という議論にしていくべきだ。

スプーンの使い方に関する観察

ここ2ヶ月ほど、オーストリア人と日本人の「スプーンの使い方」を折に触れて観察していたが、興味深いことに気づいた。欧米人とアジア人、と一般化できるかもしれない。ポイントは、スープを飲む/食べる時の使い方の差異だ。固形物を食べる食べ方は共通だ。なお、スプーンだけでなく、中華料理に使われる「れんげ」でも基本的に同様だ。また、スプーンは標準的な「たまご形」をしたものである。

オーストリア人がスープを食べる時は、スプーンですくい、先端からスプーン全体を口の中に入れて「食べる」。固形物を食べる時のスプーンの使い方と同じだし、ここに由来するのだろう。この食べ方だと、液体をすする音も発生しない。なお、基本的に器を口にあてて飲むことはしない。スープを入れるのは「皿」であり、「椀」に入って出てくることは、ランチメニューやアジア系料理を除くと、あまりない。

日本人がスプーンを使ってスープを飲む時は、側方を口に当てて「飲む」。スプーン全体を口の中に入れることは、この場合は物理的に不可能だ。液体をすする音も発生する。ちょうど、れんげでスープを飲む時に側方を口に当てて飲むのと同じだろうし、由来もここにあると思われる。

ちなみにオーストリア人がれんげを使う場合も、スプーン同様に先端から口にあてる人が多い。ただし、大きいため口全体にれんげを含むことは難しいから、先端から流し込んでいるようだ。

なお、日本語ではスープを「飲む」というが、ヨーロッパの言語では、スープには「食べる」という動詞(英語の eat やドイツ語の essen )を使う。スプーンの使い方の動作と関連しているような気がして、おもしろい。

オーストリア航空の路線縮小

赤字経営が続くオーストリア航空も、路線の整理に乗り出した。オーストリア国内の短距離路線である、ウィーン?グラーツとウィーン?リンツ、ウィーン?クラーゲンフルトのフライトが廃しされる見通しだ(DerStandard)。シュタイアマルク、州政府が補助しない限り廃止される見通しだ。(州政府が補助するなら、EUが定める「公共サービス義務」制度を使う必要があるだろう。)なお、これらのフライトはコードシェア便で、ANAの便名がついているものも一部にある。

ウィーン?ブダペスト間の幹線鉄道を付け替えて、ウィーンの空港に乗り入れる案も浮上している。Zentralfriedhof貨物駅周辺での路線の付け替え、ウィーン空港までの既存路線の改良(主に信号設備と、貨物用の測線の整理)、ウィーン空港から先は既存の貨物線のアップグレードなどをすればよい。フランクフルト空港とドイツ鉄道、ルフトハンザ・ドイツ航空が行っているように、オーストリア連邦鉄道(ÖBB)の列車に航空便の番号を付けてチケットを販売する方法などが可能だろう。2013年にウィーン中央駅が完成すれば、各方面への直通は格段に容易になる。

一方で、戦略的な路線の増強も行われている。その一つがイラク北部のErbilへの路線の増便だ。現在週3便飛んでいるオーストリア航空のフライトが、夏から週5便になるという。さらに、湾岸戦争以来運行されていない、フランクフルトからバグダッドへのルフトハンザ・ドイツ航空の便の再開もこれに加わるそうだ。(DerStandard)

普天間基地を抱える宜野湾市長の興味深い指摘

このところ普天間問題はあれこれ騒がれているが、宜野湾市の伊波洋一市長が興味深い指摘をしている。指摘の内容の詳細は、「田中宇のニュース解説」の記事や、日本テレビで放映された宜野湾市長への30分インタビュー(全編ノーカットで動画で見られる)、朝日新聞沖縄版(オンライン版)の記事などを参照していただきたい。

筆者なりに要約すると、市長が指摘している点は、

在沖縄海兵隊の移転の議論は、「定員」をベースに行われているが、実際に定員が充足されているわけではない。沖縄には18,000人の海兵隊員がいることになっているが、実際には12,000人強しかいない。(つまり隊員の実数は定数の2/3程度である。) 「2006年の日米合意」の後に、米国国防総省は、「グアム統合軍事開発計画」を策定している。この計画と、その環境影響評価報告書によると、普天間基地に駐留する海兵隊の部隊(実際の数は約2000人)は、グアムの基地内に新設される場所にすべて移転する。 「普天間飛行場」の移設が日米合意に組み込まれているが「普天間基地に駐留する部隊」の移転とは切り離されている。 仮に代替の飛行場を建設したとしても、「グアム統合軍事開発計画」が予定通り2010年6月以降に実施されれば、代替飛行場に駐留する部隊はいない。つまり駐留する部隊のいない軍事施設ができることになる。 従って、そのような代替飛行場を新たに作る必要はない。

というものである。市長の指摘のポイントは、一つはアメリカ政府側が公表している資料をもとにしていることである。もうひとつは、「軍事施設」ではなく、「駐留する部隊」の隊員数やヘリコプターの数の側から議論していること。従って、日本のマスコミが大騒ぎしている観点とは大きく異なっている。市長の言うとおり、米軍自身が実施しているグアムへの移転計画が予定通り実行されれば、代替施設は空っぽで意味のないものになる。そんな施設に多額の税金を投入するのは、税金の無駄遣いそのもの、というわけだ。(沖縄の土建業界は儲かるが。実質的に「公共事業」と同じではないかというのは、私の友人の指摘だ。)

さらに、アメリカ側が「現行の移転計画」として指しているのは、2006年の日米合意ではなく、「グアム統合軍事開発計画」ではないか、という考えも浮かんでくる。「それでなければダメ」というのは、別に日米合意ではなく「実はグアム移転計画でした」なんていういいわけができる言い方をしているように見える。

米軍再編の中で沖縄の海兵隊がグアムに移転する計画を米軍自身が立てているということは、米軍自身が、しばしば指摘される「朝鮮半島有事」の時には、グアムからで十分対応できると考えていることを示している。しかも、「朝鮮半島有事」など実際には起りそうになく、単にプロパガンダのためのものとして使われている感が強い。

アメリカにとって沖縄の海兵隊基地が「オイシイ」理由は、思いやり予算でお金がたっぷりもらえて「タダ飯を食える」点を田中宇が指摘しているが、それ以外にもあるだろう。沖縄の海兵隊基地は隊員集めの広報用にオイシイ基地であるらしいのだ。アメリカには徴兵制度がないので、志願した人だけが隊員になるのだが、米軍は隊員集めにかなり苦労している。学生に奨学金を出して学費を免除したり、ニューヨークのタイムス・スクエアなど一等地に隊員募集用の広報センターを設けたりしないと、隊員が集まらないのだろうだ。(そのあたりの事情は「ルポ 貧困大国アメリカ」(堤 未果 著, 岩波書店, 2008)に詳しい。)

沖縄の基地は、やるべき仕事が余りなく暇で、イラクなどに派兵される心配もなく、攻撃される可能性もほぼないので、いわば「やりたい放題できる」基地らしい。そういった基地に駐留して帰ってきた隊員は社会に復帰して自らの「よい経験」を語り、次の世代に隊員になることを宣伝してくれることが多々あるだろうが(昨年ボストンに行った時に、列車で隣席になった沖縄の海兵隊に駐留経験のあるという若者が、沖縄での駐留経験を満足げに語ってくれたのもその一部だろう)、イラクやアフガニスタンに派兵されて帰ってきた隊員は心理的な後遺症に悩まされ社会復帰が難しいとも聞くし、自らの「辛い体験」を積極的に語ることも少ないだろうから、宣伝役にはならない。そんなのんびりした米軍基地など世界中にほとんどないだろうし、そんなオイシイことができる基地に必要なカネは日本政府が出してくれるのだ。だが、逆に言うと、沖縄の海兵隊基地が沖縄にあるべき米軍側の理由は、実はこれらだけ、ということにもなってくる。

この件に関して民主党がやっているのは、前のJAL関連の記事に書いた「のらりくらり」作戦と同じものだろう(田中宇も同趣のことを指摘している)。一気にやったらマスコミにそうたたきにされるし、日本の有権者自体も一瞬では思考を転換できないが、徐々に変えていくことはできる。「のらりくらり」作戦は当面続くだろうが、最後は沖縄の海兵隊は全部グアムに移転しておしまい、になるのではないだろうか?(あるいは、戦術的に少し配置する程度は残すのかもしれないが。なお「戦略的」ではない点に注意。)

長期的には、軍備そのものが余り役に立たない時代が来るかも知れない。(現実に、自衛隊が普通の人にとって最も役立つのは、災害時の救助活動などになっている。)日本のマスコミの情報を真正面から拾っていても、そのような姿は見えてこないのだが、5年や10年というスパンで大きく変わっているような気が、ウィーンから見ているとするのだ。(東アジア共同体だって、15年もたてば現実にできているのではないだろうか?。日本が参加するかどうかは、日本の政治状況によるだろうが。15年先の世界は「あり得ない」と思っていることが起っているかもしれない。今から15年ほど前には、韓国に行くのにビザが必要だったそうだし、当時「韓流ブーム」が起ることなど誰が予想していただろうか?同様に、20年前には、ドイツはまだ2つに別れていた。)

JALにやっとこさで会社更生法

JALにやっとこさで会社更生法が適用される手はずが整ったようだ。ずいぶん前にいくつか書いたが、その後はメディアの動きを時々見ていたが、正直なところ「ずいぶん時間がかかったなあ」というのが印象だ。

ちょっと振り返れば、8月に「日本航空の経営改善のための有識者会議」なるものが設立されたが(国土交通省の報道発表資料を参照)、衆議院議員選挙の期間中であって、あまり表だった動きはなかった。その後、政権が変わって鳩山内閣となった後に、「JAL再生タスクフォース」なるものが「国土交通大臣直轄の顧問団として」再建計画を策定していたのだ。

さて、そのタスクフォースの設置に関する国土交通省の「報道発表資料」によると、「再生計画の策定手順とスケジュール」は

・ 再生計画は、日本航空が自主再建を図るための計画であり、日本航空自らが策定し実行する。 ・ 日本航空は、再生計画策定のために、新たに、本タスクフォースが妥当と認めた外部専門家と、日本航空の社内スタッフを選定する。 ・ 日本航空は、本タスクフォースの直接の指導・助言のもとで、再生計画立案のための調査と策定作業を行う。 ・ 国土交通大臣は、上述の手順を経て提出された再生計画案について、日本政策投資銀行及び関係民間金融機関の意見聴取を行い、本タスクフォースによる妥当性評価報告を受けた上で、再生計画の妥当性の確認を行い、その実行について日本航空を指導・監督する。

となっている(上記の「報道発表資料」(国土交通省)から引用した)。ここでポイントなのは、一つ目は、有識者会議もタスクフォースも、国土交通省のもとにあった組織だということだ。もう一つ、再生計画を作成するのは、「本タスクフォースの直接の指導・助言のもとで」ではあるが、あくまでJALが主体的に行う、ということになっている。

さて、その後「企業再生支援機構」なるものにゆだねられた。「企業再生支援機構」にかんして、内閣府の企業再生支援機構担当室なるところの資料を読むと、主務大臣は「内閣総理大臣、総務大臣、財務大臣、経済産業大臣、厚生労働大臣(雇用関連部分)」である。ここに再建の手がゆだねられたということは、再建問題が、国土交通大臣の下にある問題から、より多くを巻き込んだ問題へとなっていった、という様子がうかがえる。その後の紆余曲折もあったが、結果的に、(まだ正式に公表されていないが、メディアの報道によれば)JALは会社更生法の適用の申請をすることがほぼ確定した、ということだ。

だが、JALが会社更生法を適用しないとどうにもならないことなど、最初から分かっていたのではないだろうか?日経新聞の1月9日付けオンライン版記事によると「最大5000億円の実質債務超過――。日本政策投資銀行は日航の資金繰り危機がささやかれた昨年8月時点で、すでにこう試算していた。」とある。とすると、どうしてこんなに時間がかかったのだろう?少し「遠い目」で見ていたので、その分析(?)を書いておく。

JALをいきなり倒産させることなど、多くの利害関係者が反対するだけにはとどまらず、多くの一般の人の目には「え?そんなこと、あり得るの?」と映るのではないだろうか?私の周りに話しを聞いても「え?あのJALが?」という日本人はかなり多い。多くの日本人には「JALは絶対につぶれない」「政府はJALをつぶすことは絶対にしないだろう」といった類の考えを持っていたと思われる。「JALのサービスは素晴らしい」という類の話も、世代を問わず聞く。だから、いきなり倒産させてしまうことには抵抗が多いだろう。新しい政権がいきなりそんなことをできるわけがない。もしそんなことをしていたら、マスコミは喜々として鳩山政権を批判するだろう。

とすると、会社更生法適用を念頭に、「JALはこれだけヤバイんですよ」というのを見せつける役割を担うものが必要だったと考えられる。そこで、国土交通省のもとの「タスクフォースの直接の指導・助言のもとで、再生計画立案のための調査と策定作業」をしたのではないだろうか?タスクフォースの作業中には、メガバンクが”反発”したりするなどもあったが、資産査定がなされて「2500億円の実質債務超過」(記事)に陥るなどしている姿がメディアを通じて広められた。その後はタスクフォースの報告書どおりに、内閣府などのもとにある企業再生支援機構が資産査定を再度行って、「8000億円超の実質債務超過」(前出の日経新聞の記事)という姿が明るみになってきた。「もう会社更生法しかないっしょ」という雰囲気がすっかり生まれているように見える。

JAL問題を長い目で見てみると、「国交省傘下の問題」から「政府全体の問題」となっていき(つまり問題がどんどん大きくなっていく)、さらに債務超過の程度もどんどん膨らんで行っている。そういう課程を経て、少しずつ問題の大きさをあぶり出しながら、「ヤバイ」ということを、一般の多くの人に刷り込んで行っているように見える。最後は、ほとんど予想されていた通りだと思うのだが、法的整理に落ち着くようである。

なんとも回りくどいやり方であるが、先に書いたように、一気に倒産させてしまえば政権のほうもぶっ倒れてしまうかもしれない。だから、少しずつ、政府の中でもいろいろな人がいろいろなことを言いながら、のらりくらりとしておいて、その間に世の中の多くの人を納得させつつ、もう会社更生法しかないよね、他の手はないね、というところまで追い込んでいったのではないだろうか。今思えば「もっと早く会社更生法を適用していれば」とも思うかもしれないが、JALにはよかったかもしれないが、発足当初の政権には大きなダメージになりえる。そして、もはや「政府がJALを倒産させることは絶対にない」と思っている人は、ほとんどいないはずだ。今JALが会社更生法の適用を申請しても、政権がぶっ飛ぶダメージはほとんどないだろう。

以上が、私が、少し遠い目でこの件を見ていて思ったこと(分析?)だ。

それにしても、そんな状況下ですら、関空では社員が誘導路で横断幕を掲げるほどに手が空いている(記事)んだから、暢気な会社である。筆者の友人の中国人(博士号を持っている人である)は「日本の空港に行くと、自動チェックイン機に社員が1人張り付いていて、自動化の意味がない」と言っていた。ちなみに、JALの損失の一因として燃油価格のデリバティブ取引を挙げている興味深い記事もある。