ウィーン市内1年定期券

日本の「定期券」というのは、経路が指定されて発券されて、その経路通りに使わないといけないものがほとんどだ。たとえば、新宿から市ヶ谷までの定期券をJRの定期券として購入したら、JR中央線の新宿?市ヶ谷しか使えず、都営地下鉄で市ヶ谷に行く時は別料金を払わないといけない、といった具合だ。ところが、ヨーロッパの都市の定期券はゾーン制を取っているから、ゾーン内なら好きに使って構わない。ウィーンなら、ウィーン市内で1ゾーンだから、「ウィーン市内」の「定期券」を買えば、市内のどこに行くにも自由自在だ。市外に行く場合だって、市の端の駅からの切符だけ買えばいい。

「ウィーン市内」の定期券には、1週間(14ユーロ)、1ヶ月(49.50ユーロ)、1年(449ユーロ)の3種類がある。(このほかに26歳未満の学生用定期が毎学期(4ヶ月有効)ある。)1週間券と1ヶ月券は金額的に大差ないが、1年券を買うと1ヶ月券と比較して25%くらい安い計算になる。定期券があれば、だいたい札幌と同じ規模の街の中を自由に行き来してもらえると思えばいい。地下鉄5路線、31路線ある路面電車、91路線あるバス、それに23路線あるナイトバス(終電から始発までの間に30分おきに運行されるバス)の全てを使える。さらに、市内の国鉄路線、バーデン線と呼ばれる第3セクター鉄道の市内区間も使うことができる。ちなみに、ウィーンの市内の1年定期券の利用者は33万人だそうだ。ウィーン市の人口が約170万人なので、5人に1人以上が1年定期券を持っている計算になる。

このようなことが可能になる背景は3つある。1つは「運賃箱収入」と呼ばれる、運賃でコストをカバーする割合が低くてもよし、とされるところにある。公共交通機関の公共性を認めて、鉱油税(ガソリンなどに課税される)などを公共交通機関の運営に投入している。ウィーンの場合、運賃収入がコストをカバーする割合は約5割、残りの5割のコストは税金を直接投入することでまかなっている。

2つ目の背景は、全ての公共交通機関が「運輸連合」の下に統合されている点にある。運輸連合(Verkerhsverbund)というのは、ある地域の公共交通すべてを統合するための機関で、全ての公共交通運営会社が加盟している。公共交通機関同士が競合しないように、ルートの調整を行うのが大きな仕事の1つ。もう1つの大きな仕事が、運賃を運輸連合で収受して、各会社に配分する機能だ。この運輸連合があるから、1枚の定期券で会社を気にすることなく公共交通機関を使うことができるのだ。

3点目の重要な背景は、インフラそのものを公共交通に誘導するように整備している点だ。ウィーンの道路を見ていると分かるが、一方通行が非常に多い。市内中心の環状道路であるリンク通りですら、3車線あるにも関わらず一方通行だ。Neustiftgasseのような主要な通りでも一方通行というのは実に多い。さらに、ウィーン市内の人が住んでいるほぼ全ての箇所で、概ね300m(=徒歩約5分)圏内に停留所や駅が必ず設置されるように調整されている。だから、公共交通に「物理的な」優位性を与える努力がなされている。(経済的優位性より物理的優位性の方が行動をより制約するから重要だ。)

こうやって眺めてみると、「公共交通」に対するスタンスは日本とここでは大幅に違うことがおわかりいただけるだろう。営利事業と非営利事業という根本的な差が実は根底にある。

関連する面白い話しはまだまだたくさんあるが、それは機会を改めて書くことにする。

ウィーンの路面電車。一部地下になっている区間がある。

ウィーンの路面電車。一部地下になっている区間がある。

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