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シュタイアマルク風かぼちゃクリームスープ (Steirische Kürbiscremesuppe)

カボチャの季節といえば、これ。たいてい「季節のメニュー」として出してくれるレストランで食べるのも美味しいし、寒くなってきて体を温めるのにも最適。以下、そのレシピで、「シュタイアマルクの料理」というウェブサイトから翻訳。写真が出ているので、原典を見てみて下さいな。ま、オーストリア人は、カボチャでジャック・オ・ランタン作って遊んだりせずに、カボチャを食べることに勤しんでいるっていう感じかな。

材料(かっこ内は筆者注)

かぼちゃ 0.5kg (日本品種がよい。こちらではHokkaidoという名前) みじん切りにした玉葱1個(日本で売っている玉葱なら2/3くらいで十分かと思う) みじん切りにしたにんにく1?2かけ サラダ油またはバター 600mlのスープストック(野菜かチキンで出汁を取ったもの、またはインスタントのもの) 塩、胡椒 ナツメグ クリーム150ml お好みで生姜

作り方

カボチャの身をさいころ状に切る。玉葱とニンニクを油かバターで炒る。そこにカボチャを入れ、軽く炒め、さらにスープストックを入れる。塩、胡椒、ナツメグと、好みで粉末(すり下ろしてもいいと思う)の生姜を加えて味付けし、煮込む。カボチャが柔らかくなったら、クリームを加えて、ハンドミキサーでピュレー状にし、味を調える。

皿に盛るか、あるいは実をくりぬいて取り出したカボチャに盛りつける。最後に、カボチャ種油を軽く載せ、別途炒めておいたカボチャの種を少量散らして、できあがり。

新手の豪華列車が登場:モスクワ発ニース行き

9月23日から、新手の豪華寝台列車が登場したそうだ。走る距離は3279km。モスクワのベロルスカヤ(ベラルーシ)駅を毎週木曜日16:17分に出発して、52時間55分かけて、ベラルーシのミンスク、ポーランドのワルシャワ、オーストリアのウィーン、インスブルック、そしてブレンナー峠を越えて、ミラノ、ジェノヴァを経由して、フランス地中海岸のニースへ向かうそうだ。到着は、土曜日の19:12分。むろん、復路もある。

列車番号D 17BJ。オーストリア国鉄ÖBBの時刻検索(最近リニューアルされた)から引用すると、以下の通りだ。

駅 到着 出発 Moskva Belorusskaja 16:17 Wjasma 19:53 20:16 Smolensk 22:07 22:12 Orscha Central 22:30 22:40 Minsk(BY) 00:59 01:09 Brest Central 04:35 06:45 Terespol 06:03 06:43 Warszawa Wschodnia 09:39 10:28 Warszawa Zachodnia 10:40 10:49 Katowice 13:49 14:04 Zebrzydowice 15:17 16:04 Bohumin 16:22 17:07 Breclav 19:06 19:18 Wien Meidling 21:08 21:17 Linz/Donau Hbf […]

チロルの奥で山歩き

今年の夏はイスタンブールに行ったりリスボンに行ったり日本に行ったり韓国に行ったりしていたから、オーストリアの山に出かける機会はほとんどなかった。と言うことで、9月中旬の話しではあるが、今年はラストチャンスとばかりに、エッツタール(Ötzthal)の奥の方を1日ばかり歩いてきた。

金曜夜に、ウィーンを22:44分発の夜行列車で出発。土曜朝の5:45分頃に、谷の入り口にあたる Ötzthal (エッツタール)駅で下車。始発のバスに乗って、Zweiselstein(ツヴァイゼルシュタイン)という集落で下車。ここでVent(フェント)行きのバスに乗り換える。合計1時間半ほどでVentの中心部に到着。村の中に1件だけあるお店の奥の喫茶コーナーでコーヒーで体を温めて、いざ山歩き開始。

2時間45分ほどで、Martin Busch Hütte という山小屋に到着。ここでちょっと早めのお昼。山と来たらフランクフルターソーセージでしょう。ということで、それをいただく。ちなみに山小屋はドイツ語で「Hütte」(ヒュッテ)というが、日本語にもなっていますね。

そこから更に奥に上って行き、2時間ほどで着くはずの、Similaunhütte(シミラウン・ヒュッテ)の方を目指す。途中までは草が生えているところを抜けていくが、途中から岩だらけになって、さらにちょっとした尾根筋に上ったりしながら上っていく。ほぼ頂上までついて(頂上まであと1歩だったが、降りる頃に日が暮れてもマズイので、引き返した)そこから引き返して、その日のうちにVentの村まで降りてきて1泊。Ventの村が標高1890m程で、ほぼ標高3000mまで上ったので、1日で1100m上って下ってきたことになる。足かけ10時間以上歩いていただろうか。今思えば、山小屋に泊ってもよかったし、超えてイタリア領南チロル自治州側に降りるっていう手もあったんだなあ。

快晴で、日中は気温もそれなりに(15度くらい?)あったこともあり、多くの登山客がいた。日本だと登山というのは中高年のイメージがあるかもしれないが、ここでは若い人も多い。もっとも、この1週間後にはこのへんは雪が降ったらしいけどね。

6月半ば?9月半ばまでの夏山は大変に美しいです。

標高2700mあたりからの風景。谷の奥のあたりに Martin Busch Hütte があるはず。ほぼ中央に見えているのが Vord.- Diemkogel (3368m), 左に見えているのが Steinmandl (3145m)だろう。

氷河も間近に見える。これは標高3000m付近。

得体の知れない閉塞感

先日、ほぼ一年ぶりに日本へ行った。およそ二週間の滞在だった。それにしても、何とも言い難い閉塞感のような空気が漂っているのだろう。街を歩く人が、果たしてハッピーなんだろうかとつい考えてしまうほど、「空気」がどんよりしていた。暑さのせいもあるかもしれないが、仮にそれを差し引いたとしても、ちょっと異常なように私には思えた。慣れてしまえば、どーってことないものなのかもしれないが、慣れてしまうのが怖いと思わせるような、どんよりした空間だった。

いったい、なぜだろう?

私の考えでは、一言で言えば「無理をしている」「無理を強いられる」からだろう。その「無理」を感じるときを、以下にまとめた。

1. 「忘れ去られた国ニッポン」を直視しない: 世界の人々の目はどう頑張っても中国に向いている。現実に、ヨーロッパに住む私には、日本はアジアの辺境の忘れ去られた島国、と人々が受け取っているように思われる。日本でも皆うすうす気づいているのだろうが、それを認めようとしない。どうにも無理をして見て見ぬふりや忘れたふりをしているように思われる。

2. 消費させようとする各種のものがあふれすぎ: 街を歩いていれば大音量でお店から流れてくる音楽、あちこちの宣伝看板。なんだか物やサービスを無理してまで消費させられている気がする。音や看板は嫌でも耳や目に入ってくるから、非常にたちが悪く、疲れる。

3. 街中の情報過多: 上と関連するが、街を歩いていれば、広告・宣伝や注意書きの情報がやたらあふれている。これらは黙っていても目に入ってくる。平静に保とうとしても無理だ。音・文字の情報の流れに対して、我慢を強いられる。ちなみに、ロンドンなどでは似たようなことを感じる。(余談だが、各所の駅で「このホームは傾斜があります。ベビーカーは線路と平行に停めて下さい。」と書いてあるのを見たが、どこかの鉄道会社が裁判で訴えられて損害賠償でも払うことになったんだろうか?)

話しがちょっとだけそれそうだ。元に戻そう。

4. みな貧乏になりはじめている: 私と同世代には非正規雇用が多い。こういうケースでは、むろん仕事としては不安定だし、食べていくのにやっとだったりするケースが多い。日本全体でも、一人あたりGDPはすでに23位(IMF 2010年データ)だ。既にシンガポールや香港の後塵を拝し、アイルランドやアイスランドやオーストラリアやオーストリア以下だ。1990年代は2位とか3位とかだったのにね。台湾とほぼ同レベルで、ギリシャなどと近いレベル。

5. 日本企業の限界: 東大などのトップクラスの大学の学生は、できれば日本企業では働きたくないと思っている人が実は結構いるようだ。もっとも、チョイスがないので「やむを得ず」日本企業で働く人も多いように見える。が、優秀な学生ほど外資系企業や小さなベンチャー就職しているように思われる。日本企業には人材が集まっていない。あるガチガチの日本企業に就職して地方配属になった後輩は、すでに入社4ヶ月目にして「国連で働くにはどうしたらいいか調べ」たりしたそうだ。日本企業にはすでに人材が集まらなくなっていると可能性がある。(その原因のあたりは稿を改めて書きたいと思っている。)

6. かといって、大方の場合、日本から出ようとすると『日本を降りる若者たち』の世界になる: 非正期雇用で日本で1年のうち2ヶ月くらい働いて、あとは物価の安い国で「外ごもり」生活をするくらいしかない。日本から出て、その先の社会で活躍するにも、大方は語学力だの文化・制度の違いその他の諸問題があるから、簡単には出られない。結局、日本のなかでどうにかするしかない人たちが多い。が、その日本は先行き不透明、このまま行けば日本全体は貧乏になる。若い世代にとっては、将来、親の世代のような「良い暮らし」をするには無理がある。(余談だが、旅先で「外ごもり」をする日本の同世代から1回りくらい上の人たちにはずいぶん出会った気がする。)

7. なのに、団塊の世代は実は美味しい思いをしている: 「逃げ切った」格好の団塊の世代は、海外旅行三昧だったりする人たちが多い。なのに若い世代にはお金がない。お金がないから、結婚したり子供生んだりなんてとても無理、という人が実は結構いる。

8. マスメディアが役立たず: 私が話した人が異口同音に「テレビや新聞は『煽り』の要素しかない」という。大手のテレビや新聞はジャーナリズムとしてはもはや死に体。結果、まともな情報源がないから、議論することも自分のアタマで何か考えることも無理。日本関連記事ですら外国メディアの方が物事をより詳しく掘り下げて報じていることが常態化している始末。

9. 未来志向で東アジアを見られない: 対米追従志向(思考)の人が多すぎて支配的なせいだろうが、アジア各国とこの先どうやっていくか、議論すら無理な風潮。現実的には、近隣とうまくつきあっていくしかないはずなのに、何かあると上に書いたようにマスメディアが対立を煽る。

10. 地方は外部との接触を失っている: 東京はさておいても、地方部は外の世界(その地方以外の世界、日本より外の世界)との接触がほとんどない。唯一の窓口はイオン・ジャスコにある輸入食品という始末。外の世界を除くなんて、マスメディアが伝える断片情報以外、無理。

11. 感情論が先行、「恨み」が蔓延: 何かあるとすぐ「恨み」や感情ばかり強調される。感情論が先行したら、、理性的な話など無理。落ち着いて冷静に物事を考えねばならない場面ですら、感情論が先行する。感情論・恨みが人を裁いているようにすら見えるケースもある。

どうにも「どんよりした空気」や「得体の知れない閉塞感」を滞在中に感じたので、「無理」をキーワードとしてその原因に近づけないかと考えてみて、上記のように書き出してみた。書き出してはみたが、どうも雑多なアイディアの羅列になってしまった感が否めない。こういう風に書き続けていると、冗談か本気かわからないが、「じゃあ日本国籍やめれば」とまで言われてしまい、更に居心地の悪さが増す、という具合なのも事実だ。

「無理」という単語を繰り返しつかったが、日本には「ごくごく普通のことなのに、 自然体でやろうとすると無理で、何らか無理をしないとまともなことすら実現できない」ことが多いのではないか、という考えがその発端にある。日本の暗い話しばかりで、書いている自分も暗い気分になってきた。とりあえずこの辺で筆をいったん置くことにしよう。

『ガラパゴス化する日本』

長いことブログを記していなかった。この1ヶ月半ほどの間に、イスタンブールへ行き、リスボンへ飛び、はたまた日本へ飛び、さらに韓国にも寄り道した。本来なら今日はモスクワにいる予定であったが、このところの森林火災とそれによるスモッグの影響が不透明なので、この予定はキャンセルして後日改めることにしたところだ。

さて、『ガラパゴス化する日本』(吉川尚宏著、講談社現代新書、2010年)とは刺激的なタイトルである。「ガラパゴス化」とは私も時々自分の専門分野で使うことがあるが、要するに世界の他所と隔絶された孤島で独自に進化を遂げてしまった状態であり、この本の場合は日本国全体がそうであるとしている。

本書に出てくる実例はまずまず面白いし、へえとうなずくこともある。ところが、最後の章がちょっとお粗末だ。ここに出てくる、「脱ガラパゴス化」のための、2つのシナリオとは、「霞ヶ関商社化」と「出島を作る」ことだそうである。霞ヶ関商社化とは要するに「国の制度や仕組みを海外と互換性のあるものにする」ことだそうで、「出島を作る」というのは、どこかの都市を、日本語以外に英語と中国語が準公用語で、解雇規制も含めた規制の撤廃され、空港などインフラが整い、世界最先端の研究期間があり、法人税などが低く企業運営コストが低く抑えられた場所を作れば、そこが「活性化」し、ガラパゴス化打破の糸口となる、というのが主張だ。最後に、労働者の再教育機関設置などの人材への投資を謳っている。

前者は、制度に互換性があるようにし、さらにルール作りを先に制した物が得をするということで、制度ごと輸出もできるものを作るということを提言している。問題は、この手のことはEUなどが先んじて既に行っていることである。どの程度インパクトがあるのか、不明なところも多い。日本国内には制度変更による各種コスト負担を強い、外国企業は非関税障壁が減って美味しい思いをする、なんていうだけの結果にもなりかねない。

後者は、要するに教育水準の高い外国人を日本国内の一カ所に集めて入れて、それを梃子に活性化しようということであろう。確かに「ガラパゴス化」は脱出できるのかもしれない。が、この「出島シナリオ」というのは、ざっくり言えば、要するに、安上がりにビジネスをできる場所をどこかに作ったら、日本は再び活性化する糸口を掴める、というようなものである。

そもそも、企業が低コストで事業ができ、人材に流動性があり、教育水準が高く、先端的研究機関があり、諸外国の言語が通じれば、イノベーションが起き、さらに日本全体に波及効果が生まれる、というのは、どうにも虫が良すぎないだろうか。本質的な所では「風が吹けば桶屋が儲かる」式の論理であると私には思われる。期待した通りの結果が生まれてくるとは考えにくいし、さらに他国の動きいかんでは正反対の結果にもなりうる。たとえば、この「出島」類のものを近隣の国に作られたら、瞬く間に人材から企業立地までそちらに吸い取られる可能性が高い。要するにただの安売り競争を自ら仕掛ける(そして仕掛け返される)ことになるだけかもしれない。

そもそも、世界にはわざわざ日本で働きたいと思う人はそう多くはない。「日本で働く」ことから連想するのは、少ない休暇、長時間労働、通勤地獄、「体育会系的」上下関係、、、、といったもので、まったく、魅力に乏しい。もっとはっきり言えば、いいことは一つもないといってもいい。おまけに、日本といえば、地震や台風といった天災を連想する。こんな具合だから、上記のような「出島的」特区を作ったって、おそらく人は集まらないだろう。

そういうことを考えていくと、この「脱ガラパゴス化の提案」に希望を持つのは、あまりに楽観的と言わざるを得ないだろう。

というわけで、本のタイトルとしてはセンセーショナル、だけで終わりそうな本だ。

消費税10%または20%の国から

オーストリアの消費税に相当する、付加価値税率は10%mないしは20%だ。5%の日本と比べるときわめて高いように思われる。

価格の10%が課税されるのは、概ね以下のものだ。

食料品(酒等を除く) 公共交通機関の運賃 出版物 レストラン等で食事をした場合の食べ物(飲み物は20%)

20%の税率が適用されるのは、その他ほとんどである。意外に思われるかもしれないが、電力・ガスにも20%の税率が適用されている。

ここで問題にしたいのは、「10%」「20%」というのは率であって、絶対的な支出額を意味しているわけではないという点だ。オーストリアに限らず欧州各国に共通するのは、日本などと比べると食料品が安い点だ。もともとの物価が安いということは、10%の税率で付加価値税(消費税)支払ったとしても、税金としての支出額は小さくなる。一方で、20%の税率が課せられるものはというと、日本より割高なものが多いが、毎日買う手のものではない「贅沢な」物が多い。こういう物の付加価値税支出額はかなりに大きくなる。

たとえば私が昨日買った食料品(だいたい1週間分)に対する税額は1.61ユーロ(約180円)だ。購入合計額は16.11ユーロ(約1800円)で、10%の税率が適用されている。しかし、買った物・量と言えば、これくらいの量を日本で購入したら3500?4000円程度にはなるだろう、という程度の物・量だ。5%の消費税を3500円ないし4000円に対して払えば175円と200円だ。税額がかなり似ているのが分かる。

こんどは、1万ユーロ(あるいは110万円)の自動車を買ったと考えてみよう。自動車の付加価値税率はオーストリアでは20%だから、税額2000ユーロ(約22万円)。110万円に対して日本で発生する消費税は5万5千円だ。この場合は、圧倒的にオーストリアの税額の方が高い。

(なお個人の所得水準などはオーストリアと日本では大きな差がないと考えてよい。一人あたり国内総生産はオーストリアの方が日本と比べて1割ほど多い。また、食料品が安いのは、農産品であれば農業補助金等があるために安いのだと思われるし、販売店が低賃金労働で支えられている面もあるだろう(特にスーパー)。)

このような仕組みになっているため、一般の人が日常的に支出する税額は、税率は10%と高いといえど、絶対的な金額では日本と同程度か少々少なめだと考えられる。非日常的な買い物(と酒などの嗜好品)に対する税額は20%と高いので、こういったものに課税される付加価値税額は日本より大きくなる。後者のものを買う頻度とそれに対して払う付加価値税額は、所得が高い層の方が高いと考えられるから、ここである種の累進性ができているとも言える。

税率もそれなりに問題ではあるし、「欧米諸国よりも日本の消費税は安いから上げた方がよい」という言説も多々見かけるが、個々のものの物価までを考えて実際に人々がいくら付加価値税として支出しているかを考えているものは、私は見たり読んだりした記憶がない。ここを考えずに税率だけ議論して、税率を上げるべきだだの、いや上げないべきだだの議論をしても、あんまり意味のある議論にはならないと思われる。国家財政の歳入中の消費税の割合などを考えることも重要だろうが、個々の負担がどれくらいになるのか、という議論が日本ではすっかり忘れ去られているように思われる。もともと日常的に買う品々の物価が高く、数年に一度しか買わない品々の物価が安い日本で、前者に欧州各国と同じ税率を適用すれば、個々人の負担は欧州より大きくなるはずだ。

念のため書いておくが、上記を書いたのは、議論の観点を提起したいからであって、「消費税率を上げるべきだ」「現状維持がよい」「下げるべきだ」という類のことに関する私の考えを示唆したいためではない。他にも検討すべき観点が多々あり、その結果として税率をどうするかの結論が出されるべきだろう。

なお、オーストリアでは健康保険料なども高いが、医療費は原則として無料だ。また、教育は小中学校、高校、大学とも、公立のものは無償だ(大学は非EU加盟国籍の外国人と1年以上留年した学生は学期毎に380ユーロを収める必要があるが)。また、子ども手当に相当する “Familienbeihilfe” が、子どもが27歳の誕生日を迎えるまで親に支払われる(金額は年齢と何人目の子どもかで105.40ユーロ?202.70ユーロの間で変わる。詳細)。これらの点は付言しておく。

ビザ(査証)と滞在許可(在留資格)の違い

最近、「ビザ」について聞かれたり話しを聞いたりする機会多い。しかし、案外理解されていないんじゃないだろうか、と思うことがある。まずは多くの人が頼るであろう、「地球の歩き方」のウェブサイトから、オーストリアの情報を引用してみよう(引用元)。

【ビザ】観光目的の旅であれば、通常6カ月以内の滞在についてはビザは不要。

さて、この文章、「正しい」だろうか?

私なら「短期滞在の観光客の実用上はこの文章で間に合うが、厳密には正しくない」と言う。なぜかって?「シェンゲン協定に加盟しているオーストリアに入国あるいは滞在するためには、日本国籍保持者はビザ(査証)を一切必要としないから」である。こんなことを書くと「え、じゃあ、私は留学しているときに”ビザ”を申請したよ」という人がいるはずだ。はて、いったいどういうことだろうか?

ビザ(日本語では「査証」)と滞在許可(または「在留資格」)との違いを考えたことがあるだろうか?

「査証(ビザ)」というのは、通常は本国を出発する前に、目的地となる国の政府が設置している在外公館(大使館領事部、領事館)などで取得するものである。ビザはいわば「この人物は怪しい人物ではありませんよ」と、在外公館が「紹介状」ないし「推薦状」を書いていると考えればよい。従って、仮に査証を所持していたとしても、出入国審査担当官の権限で、「入国(越境)を許可しない」ことも可能だ。あまりに所持金が少なくクレジットカードの類も持っ ておらず、入国させたら不法に就労される可能性が高い、などと判断された場合に、査証を所持していても越境が許可されないことがあり得るわけだ。なお、担当するのは通常は外務省に相当する官庁だ。

「滞在許可」というのは、越境時などに「あなたは○○日間わが国に滞在してよろしい」という形で許可されるものである。たいてい「○○の目的で」など条件が付く。なお、所管するのは内務省や法務省に相当する官庁や、国によっては州政府などだ。

従って、「査証」と「滞在許可」は別物であり、そもそも目的が違うし、発行する主体も異なる。また「査証」(いわば「推薦状」)を本国で取得して、越境を許可された上で「滞在許可」(滞在してよい許可)を取得するのが本来の手順だ。

たとえば私の友人のウィーン留学中の中国籍の友人の場合、中国を出発する前に北京のオーストリア共和国大使館領事部で「査証」を取得し、ウィーンに到着後に「滞在許可」をオーストリア共和国ウィーン州の担当部署から取得している。これが本来の手続きの姿だ。

なお、往々にして「ビザ(査証)」と「滞在許可」は混同されているようだ。上記の「地球の歩き方」ウェブサイトはまだマシだが、大阪・神戸のドイツ総領事館のウェブサイトなどでも、滞在許可証(ビザ)などと書かれていて、混同しているようだ(そのウェブサイト)。フランス大使館でも同様(サイト)。市中での会話で混同が多々あることは言うまでもないだろう。

ところで、日本国籍の場合は特に多いが、国家間で査証を相互に免除する協定を結んでいたり、観光客やビジネス・投資の誘致などを狙って相手国が一方的に査証を免除する規定を設けていることがある。これが適用される場合は、たいていは、90日間や180日間などの滞在許可が、査証なしで越境時に取得できる。(ただしこの場合も、就労してはいけない、などの制限がつく場合がほとんどだ)。

たとえば、私の住むオーストリアを含む欧州の「シェンゲン協定加盟国」25ヶ国の場合、欧州理事会規則No 539/2001で、査証の取得に関連して事細かに定められていて、第1条(1)および付則1と、第1条(2)および付則2でシェンゲン協定加盟国入国時に、査証の取得が必要な国籍と査証の取得が必要ない国籍が示されている。日本国籍は査証の取得が必要ない国(付則2)にリストされているため、第1条(2)が適用され、日本人はシェンゲン協定加盟国への越境にさいして、3ヶ月以内の滞在を目的とする場合に限っては、ビザの取得義務を免除されている。

なお、この規則では「査証」とは「合計3ヶ月を超えない加盟国(1つまたは2つ以上)での滞在の ための入境、または空港でを除く乗継ぎでの加盟国通過のために必要な、加盟国またはそれに準じる地域が発行する認可」となっている(第2条)。この通り、「査証」と は「入境」のための許可であるという立場だ。滞在を許可するものではないことを繰り返しておく。

さて、越境したあと「滞在」する場合はどうすればいいのだろう?それには前述の通り「滞在許可(在留資格)」が必要となる。むろん、日本国籍でも、だ。3ヶ月以内の滞在であれば、越境時に付与されるので問題ない。だが、それを超える場合には話しが異なってくるわけだが、この長期の滞在許可の申請は、シェンゲン加盟各国によって異なるのだ。国によっては、3ヶ月以上滞在する場合の査証を、事前に在外公館で取得した上で、越境後に滞在許可証を申請するケース(フランスなど)と、査証なしで渡航して、越境後に滞在許可を申請するケース(ドイツやオーストリアなど)がある。

前者のケースは、3ヶ月を超える滞在の場合は、特定の査証を本国出国前に取得することを要求している。後者のケースは、3ヶ月を超える滞在の場合であっても、査証は免除され、越境時に付与される3ヶ月の滞在許可の延長を申請するという形になる。(なお、オーストリア共和国が主たる滞在先となる場合は、日本との間の査証免除取極(1958年締結)により、この「越境時に付与される滞在許可」は「1月1日?12月31日までの間で通算180日間」となる。)

余談: 時々、日本の大使館領事部にオーストリアのビザについて問い合わせる人がいるようだ。答えは当然「オーストリア政府に聞いてくれ」だろう。日本語も通じるので問い合わせたい気持ちも分からないではないが、聞く相手を間違っている。喩えるなら、ローソンの店舗にセブンイレブン入社に関する問い合わせをするようなものだ。「お役所仕事でたらい回し」と非難する人もいるが、ではローソンの店舗にセブンイレブン入社に関する問い合わせをして「セブンイレブン本社に行ってくれ」と聞かれて「たらい回し」と文句を言うひとは居るまい。(なお、ホームページで情報提供は行っている。)

また、東京のオーストリア大使館領事部に、「滞在許可」について問い合わせる人は多いはずだ。ホームページで情報提供は行っているが、ここは「査証」は発行しても「滞在許可」をする役所ではないので、細かい点はオーストリアで確認、と言われるはずだ。セブンイレブン入社に関する問い合わせを、セブンイレブンの店舗でしたとしても、「詳細は本社に確認してくれ」と言われるであろうのと、同じことだろう。

以上のようなことを知らないと、滞在許可申請やらその他関連する事柄で、痛い目に遭うことになるかもしれない。私は留学生などから比較的よく相談を受ける方だと思うのだが、申請する側も、申請を扱う役所の担当者も、「査証」と「滞在許可」を混同しているのがオチだ。

自分が知らないだけで手続き上痛い目に遭うならまだ話しは小さい。しかし、厄介なのは、「航空会社のチェックインカウンターの職員が知らない場合」や「出入国管理官が知らない場合」だ。最もチェックインカウンターの職員は派遣社員だったりもするので、知っておけという方に無理があるわけで、やはり自分で知っておくしかない。後者は「そんなことあるのかよ」と思うかもしれないが、私自身も体験がある。

例として、関西空港からフランスのパリを経由してオーストリアのウィーンに入国して留学する場合を考えてみよう。この場合、シェンゲン協定加盟国への越境はパリとなる。実際に聞いた話だと、関西空港のカウンターでチェックイン時に「フランスでは3ヶ月までのビザなし滞在しか認められておらず、復路の航空券も3ヶ月以内になっていないと入国が許可されないので、復路の航空券の予約を変えるべし」と指示されて直前に変えさせられる、ということがあるそうだ。さて、この説明は正しいかというと、正しくない。なぜなら、パリで乗り継ぐだけであれば、最終の目的地はウィーンであるので、越境に際しては主たる滞在先であるオーストリアの規則に則ることになるからだ。だが、現実問題として、フランスの入国審査官がオーストリアの日本人に対するルールを熟知しているとは思えないし、出入国管理ブースで説明できない日本人も多いだろうから、航空会社は上記のカウンター氏のようにフランス滞在者用の対応をすることになるのだろう。(同じ理由だからだと思うが、在東京オーストリア大使館ではこのようなケースでの移動に「直行便利用」を勧めている。)

ということで、長々書いてしまったが、以上が査証と滞在許可の違いであって、どういうルールが適用されるか、だ。日本のパスポートを持っていると、査証免除の取極が多いためにあまりこういうことを考える機会がないもので、中国人の方が詳しかったりするのだが、知っておくとよいだろうと思うので、今後の留学生のためなどにも、ここに記しておく。

オーストリアの貨物列車脱線転覆事故

18日未明になるが、オーストリア西部フォアアールベルク州のブラーツで、貨物列車が脱線転覆する事故があった(ソース1,ソース2)。貨物列車はルーマニア西部のCurticiから、フランス・パリ郊外(オルリーの近く)のValentonまで向かうもので、新車の自動車を運搬中であったとのこと。ジーメンス製の機関車に、車運車が16両つながっていたそうだ。ちなみに、機関車の自重は84t, 列車全体で777tの自重で、全長は548mだそうだ。

事故があった路線は、オーストリア西部のインスブルックから、最も西部のブレゲンツ方面へ向かう路線で、アールベルク峠を越える区間だ。事故のあっ たブラーツは、峠の西側の麓にあたるブルーデンツから10km弱のところにある。何度か乗ったことがあるが、単線で長い坂が続く区間だ。

脱線の原因は、今のところ確定的ではないが、何らかの原因で1両目と2両目の間のブレーキ管がはずれるなどして、2両目以降の空気ブレーキが作用しなかったことで、下り坂で加速して、駅の入り口で脱線したようだ。通常は制限速度を60kmに設定している”Brazer Bogen”(ブラーツのカーブ)という場所に、時速125kmほどで突っ込んでしまったらしい。(速度超過の理由は異なるとみられるが、カーブでの速度超過かつ60km/h制限のところに120km/hほどで突っ込んでしまった、という意味で、脱線の仕方が福知山線事故と似ている。)列車は5km程ブレーキがきかないまま走ったとのことだ。

通常、空気ブレーキには何らかのフェイルセーフ機構が備わっていて、広く使われている「自動空気ブレーキ」であれば、空気が抜けるとブレーキがかかる。(貨物列車なので、この「自動空気ブレーキ」が貨車に装備されていたのではないかと私は推測している。)今回のような「ブレーキがかからない」という事態はあまり想定しにくいので、原因は本格的な調査を待たないといけない。とりあえずの可能性としては、2両目の貨車の自動空気ブレーキ装置が故障・破損して運転台の弁の操作に対して応答できなくなった結果、2両目と、それを介してつながる3両目以降のブレーキが動作しなくなった(ブレーキ管の圧縮空気が抜けなくなったためにブレーキがかからなくなった)、などが考えられるだろう。

なお、運転士は脱線前に機関車の機器室に逃げ込んだため、死者を出さなかったのは不幸中の幸いだ。また、近隣には住居があったが、直撃はしなかったために住民にも犠牲者は出なかったそうだ。積み荷が化学薬品などではなく自動車だったことも、被害額は大きいといえ、不幸中の幸いだろう。

蛇足だが、現場近くでは、1995年にも旅客列車の脱線事故が起きているらしい。(ソース3, ソース4)

周囲には積み荷の自動車が散乱しており、線路も損傷したため、22日火曜日夕方まで列車の運行は再開されないそうだ。

なお、上記ソース1に写真が数枚掲載されているので、ご覧いただきたい。

結局「腹案」は何だったのか、断定できないが。

慌ただしく物事がすぎていったが、鳩山首相が「5月末」と期限を切っていた普天間移設問題は「辺野古」に戻り、首相退陣という結果になったことは、周知の通りだろう。ニュースではもっぱら新しい内閣と民主党の人事に注目が行っているようで、普天間移設問題などすっかり忘れ去られたかのようだ。(なんて日本のメディアは忘却が早いのだろう。)なんだか、「現行案で決まり決まり、もう終わったことだからいいじゃん、みんな忘れろよ」とメディアが密かに大合唱しているかのようだ。

既に各所で指摘されているが、公有水面の埋め立てには県知事の許可が必要だ。だが、その許可が出る見込みはゼロだ。今秋には沖縄県知事選挙があるが、現職の仲井真氏が当選しても、立候補が取りだたされている伊波宜野湾市長などが当選しても、許可を出す可能性はほぼゼロだろう。沖縄の世論がそれを許すとは考えにくい。とすると、この「辺野古」回帰の「日米合意」は、ほとんど実現不可能な案ということになる。むろん、共同声明を出した、日本側の防衛大臣や外務大臣、アメリカ側の国務長官や国防長官は、そのあたりの点を把握していないとは考えにくいから、それをわかりつつ、この実現不可能な「現行案」を日米合意として、さらに閣議決定までしたことになる。

ほとんど報道されていないが、米国では、在沖縄米海兵隊グアム移転費のうち政府原案の4億5200万ドルのうち、約70%が削減されて上院軍事委員会可決されたとのことだ(ソース、おおもと は共同通信)。2011会計年度(2010年10月?2011年9月)の予算で、グアムのアンダーソン空軍基地関連など三つの建設事業の予算計上を見送ったそうだ。さらに、グアムのインフラ不足が懸念されていることや、前提となる沖縄での埋め立て権限が降りないことなども念頭に、テニアンの活用検討も提案されているという。アメリカ側の予算の件はこれからも駆け引きが続くと思われるので確定的ではないが、上院とはいえ軍事委員会が予算を削った意味は大きいだろう。こちらでも「現行案」は実現に疑問符が付いている。

とすると、この普天間の返還・移設の問題は、先般の日米合意・閣議決定では建前上は辺野古を謳っているが、埋め立て許可権限と、米政府予算の在沖縄米海兵隊グアム移転費の面で、実現不可能性の方が相当に高いことがわかる。(沖縄世論は言うまでもないだろう。)

結果的に、前にも書いたような「のらりくらり」の道をたどって、首相の周りからのある種の「外圧」で辺野古案に「戻す」ことによって、逆に実現不可能性が浮かび上がることになった、とは果たして言い過ぎだろうか。直感的にも、現行案がほとんど不可能なことは、多くの人の目には見えているのではないだろうか。琉球新報の国会議員対象のアンケートでも(回答数は11%と多くはないが)、78人の回答者のうち35人は「国外に」と答えていて、沖縄県内にと答えているのは14人だけだが、これがそのことを象徴しているだろう。

琉球新報が社説で、 普天間問題はもともと「撤去」であり「移設」ではなかったことを指摘しているが、これがいわば「原点」だったはずだ。この社説が指摘しているように、「県 民の『返還』要求を、政府は米国との交渉で逆手に取られた。返還する代わりに「代替施設」を要求された。本来は嘉手納基地など既存施設・区域が代替施設と 想定された。候補地選定が揺れ動くうちに『名護市辺野古』にたどり着」いたのだった。だが、もはや実現可能性は皆無だ。

ところで、不可思議なことに、日本の大手マスコミが毎週のように行う「世論調査」では、内閣支持率は質問されていても、たとえば「普天間の移設先として どこが望ましいと思いますか」とか、「沖縄の海兵隊は日本と周辺地域の平和と安定に必要不可欠な存在だと思いますか」とか、「日本の防衛に米軍は必要だと 思いますか」とか、「辺野古現行案の実現可能性はどのくらいだと思いますか」とか「あなたは辺野古現行案に賛成しますか」とか、その手の質問はまずなかった。この手の質問を入れてはいけない暗黙の了解でもあるのだろうか?と勘ぐりたくなる。さらに、テニアン市長が日本を訪れても、グアム知事やテニアン市長が首相と面会するはずだったのを、首相補佐官が「門前払い」したと言われる件など(インターネット上ではいろいろ情報が出回っている。これなど。元はジャーナリストのツイッターらしい)、日本のマスコミはほとんど黙殺していた。何か意図でもあるのだろうか?

アメリカ側も一枚岩ではないだろう。日本との交渉窓口の一つとなる国防総省側(や国務省側)は、ある種の既得権を維持するためにも、さらに「思いや り予算」をもらうためにも、意地でも日本国内に代替施設が欲しいだろうから、一歩も譲らないだろう。だが、アメリカでも政権が変わっていて、ホワイトハウスや議会が意見を同じにしてい るとも限らない。その意味で、日本側では国務省側や国防総省側の「政府高官」の発言が「アメリカの意見」としてしばしば報道されるが、これは(意図してか 意図せざるかはおいておいて)、(ホワイトハウスや議会よりも)国防総省や国務省側の意見の代理人を日本の大手マスコミが務めていることになる。

前にも書いたが、「鳩山腹案」とはグアムとテニアン への 移転である、というのが私の見立てだ(最近は、これに海兵隊の再編・縮小が伴うのではないかと見ている)。もはや「幻の腹案」などと言う向きもあるが、「辺野古現行案」やその他の案の実現不可能性を 考えると、最も実現可能なのはグアム・テニアン移転だろうから、案としてはやはり最も理にかなっているだろう。フィリピンの例などのように、米軍に「お引き 取り願う」ことも、国際的には可能だ。また、「米軍がいないと有事に困る」という定説も怪しいところがあって、「米軍がいないほうが地域全体が安定する」とも考えられる。この考え方は、「東アジア共同体」構想とも、ロシアとの領土問題の進展とも、一貫性がある。

「最低でも県外、できれば国外」として沖縄世論や(メディアを介さない)日本国内の世論を焚きつけてから一転して「辺野古現行案」(とほぼ同じ物)に戻して、首相を辞任するのは、言葉のチョイスが悪い不謹慎な書き方だが、ある種の自爆である。だが、辺野古現行案を推す派をここに来て勢いづけたところで、その案が実現不可能で上手くいかないのも見えているから、この現行案推進派も、どこかの段階で行き詰まるだろう。こう考えると、第1段階の「世論焚きつけ」と「現行案推進派の勢いづけ」がひとまず終わり、次の第2段階で「現行案推進派(含む強力なマスコミの論調)を行き詰まらせる」というのがあるのではないだろうか。この第2段階はいわば「現行案推進派」を自爆させるようなものだ。(言葉のチョイスが悪くてすいません。)その時に残るのは「基地撤去」という議論の根幹たる原点と、必然的に発生する防衛や地域の安定をどうするかという安全保障の議論だろう。

まだまだ時間のかかりそうな件で予断を許さないし、まだまだ駆け引きなどもあるのだろうが、以上が今の段階で私が考えていることだ。他にも書きたいことはたくさんあるが、長くなってしまったので、ひとまずこのあたりにしておく。

ルフトハンザが東京線にエアバスA380を6月11日にから投入?

ひじょうに新しい記事だが、ルフトハンザ・ドイツ航空が6月11日フランクフルト発から東京線(LH710, LH711)にエアバスA380型を投入するという話しが出ている(いずれも28日付け、ソース1英語、ソース2フランス語La Tribune)。6月11日これまでは最初の路線がニューヨークJFKと報道されていたので、本当かな?という気がしないでもないが。ソース1によると4月29日からチケットが売り出されるとのこと。また、同社初号機の受領が5月19日と報道され(ソース)、さらに6月6日(一部報道だと7日?)にはヨハネスブルクにW杯に出場するドイツ代表を運ぶために使うと報道されている。

ちなみに、成田側はシンガポール航空が使っているA46ゲートの隣になるA45番ゲートでもA380対応ができているようである(ソース:成田空港会社の工事契約資料)。いずれもスターアライアンスメンバー会社が使う第1ターミナル南側だ。ルフトハンザがA380で乗り入れた場合、既に乗り入れているシンガポール航空と駐機する時間帯が重なることになるが、2つのゲートがあれば対応できるだろう。

ちなみに29日に日付が変わった時点ではルフトハンザのデータベース上では機材情報はまだB747-400となっている。しかし、どういうわけか日本語版Wikipediaではすでに「6月12日からA380となる」と書いてある。うーん、本当かなあ?どうなんだろう?まあ、明日見てみることにしよう。

エアバスA380型機はボーイング747型(通称「ジャンボジェット」)を上回る大きさの巨大な航空機。日本には現在シンガポール航空が1日1往復 乗り入れている。上記La Tribuneによると、夏以降にエールフランスも成田線にA380を投入するとのことだ。